スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大国魂神社

 3月17日、府中に鎮座まします大国魂神社を参拝。
 大国魂神社のご祭神は大国魂大神で、素戔嗚尊の御子神で国土を開拓し衣食住を授けた神だといふ。また、大国主命と同神ともいはれてゐるやうである。神社の由緒を見てみると、天穂日命の後裔が武蔵国造に任ぜられて奉仕してゐる。大国主命をご祭神とする出雲大社の宮司は千家家が担ってをり、千家家は天穂日命の後裔である。
 大鳥居をくぐり参道を歩いて拝殿へと向かふ途中、隨神門をくぐると中雀門の前に花を咲かしてゐる木が見えた。桜のやうにも思へるが、時期的にまだ少し早いので梅の木だらうかと思ひながら近づくと、やはり桜の木でほぼ満開に咲き誇るしだれ桜だった。桜の下では家族で記念撮影をしたり、桜の花を撮影する人の姿が多く見られた。

250317-1.jpg


 参道の途中にはアメノウズメノミコトを祀ってゐる神社も鎮座なされてゐる。そして拝殿で参拝。拝殿を参拝後、ご神域に鎮座まします松尾神社や住吉神社なども参拝。一番奥には東照宮もあった。
 帰りには、府中歴史館を見学。この地に関する万葉集の東歌が紹介されてゐた。そして、武蔵国府跡も見学した。

250317-2.jpg





スポンサーサイト

高尾山薬王院

三月二日、高尾山は初心者の山と聞いていたので、登山もかねて薬王院へ。
現代人の僕らがやまとごころとは何かを知るためには漢心、仏心を排さなければならない。しかし、やまとごころに漢心、仏心を受容したところに日本の文化があるとするならば、やまとごころとのけぢめを意識しつつも漢心と仏心にも触れなければならないといふ一種の矛盾のやうな状況が生じる。ここ数年はあまり寺院には参らなかったのだが、そろそろいいかなと思ひはじめた。
 高尾山の入り口には「皇紀二千六百年記念」と書かれた石碑が建立されてゐた。
250304-6.jpg


山の途中には男坂と女坂と呼ばれるところがあり、男坂は階段で女坂はゆっくりとした坂道となってゐる。階段を登ったところには、歌人たちの歌碑が並んでゐた。写真は北原白秋の歌碑「我が精進こもる高尾は夏雲の下谷うづみ波となづさふ」。
250302-4.jpg


 高尾山は初心者の山といふだけあって、登山が趣味といふわけでもなく、経験者といふわけでもない僕が思ひつきで出かけて、何の用意もしてゐない普通の格好だったけれども何の問題もなく登ることができた。
 門をくぐると、天狗像がある。登山者たちはこの像を見るなり「あっ、本物だ!」と言ふ。数団体の登山者がさう言ってゐた。テレビで紹介されてゐたのだらうか。
250302-1.jpg


天狗像より奥に進むと大本堂。多くの神社では二礼二拍手一礼の作法で参拝するのだが、寺院ではどのやうに参拝するのだらうか。わからなかったので一礼して手を合はせて祈願。
250302-2.jpg


さらに奥に進むと、本社がある。大本堂と本社の違ひは何だらうか。寺院についてはわからないことが多い。
250302-3.jpg


本社の裏に、山頂へと続く道がある。本社からは数分で山頂に着く。山頂からは富士山が見えるやうだ。この日は確信はできないが、富士山らしき山がうっすらと見えてゐた(富士山らしき山は写真より右の位置に見えてゐたが、写真には写らなかった)。山が連なる風景は美しかった。
250304-5.jpg

Powered by FC2 Blog

FC2Ad


Copyright © 大和国原 All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。