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大東塾十四烈士七十年祭

8月25日、大東塾十四烈士七十年祭に参列した。

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大東塾十四烈士は昭和20年8月25日、「清く捧ぐる吾等十四柱の皇魂誓つて皇城を守 らむ」といふ共同遺書をしたため、代々木原で自刃した。代々木原は占領中はワシントンハイツとなってゐたが、現在は代々木公園になってをり、公園内には大東塾十四烈士の碑が建立されてゐる。
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尊攘義軍殉皇十二烈士女七十年祭

8月22日、尊攘義軍殉皇十二烈士女七十年祭に参列した。

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今年も蝉時雨のなか、午後5時からお祭りが斎行され、6時に黙祷した。

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昭和20年8月22日、徹底抗戦を訴へて愛宕山に籠城してゐた尊攘義軍は、維新成らず、敗戦に陥った罪を謝し奉り、午後6時に10人全員が手榴弾で自決した。
その後、26日には夫人3人が同じ場所で拳銃自決し、お一人はわずかに急所を外れたために一命をとりとめた。

尊攘義軍誓願詞
尊皇絶対
生命奉還
神州恢復
朝敵撃滅
天津日継天皇弥栄

8.15靖國忠霊祭

8月15日、渋谷での演説会を終へると靖國神社へ。

正午、茶屋付近で黙祷を捧げる。
その後、参集殿に向かひ、靖國會の靖國忠霊祭に参列。昇殿して、忠霊祭を斎行した。
現在、靖國會の総代を務めてゐるのは靖國神社第8代宮司の湯澤貞氏。

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写真は靖國神社の茶屋で。左から若島さん(正氣塾副長)、横山さん(國の子評論社社主)、僕、新田さん(憂国青年同盟)。

その後、茶屋で同志たちと談話して、午後5時過ぎに中野に向かひ、午後6時からは犬塚さん(民族革新会議議長)が開催する博友会の第2部ディスカッションにパネラーとして登壇し、安倍談話は「戦後レジームからの脱却」を放棄する内容だったと話した。

8・15渋谷演説会【大行社大行塾および國學院大學青少年健全育成会議主催】

8月15日、午前8時30分より、大行社大行塾および國學院大學青少年健全育成会議が主催する渋谷駅ハチ公口での演説会が開催された。

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安保法制や集団的自衛権、前日の14日に発表された安倍談話などといったことが話題になった。

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平和美術展

8月13日、東京・上野の東京都美術館で開催されてゐる「平和美術展」を観覧した。

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この美術展では毎年被爆者の肖像画が展示されてゐるらしい。
今年4月に帰幽した祖母の肖像画が展示をり、招待状が送られてきたので行ってきた。

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今年は7名の被爆者の肖像画が展示されてゐた(写真撮影は受付で許可を確認した)。

「平和美術展」といふ名から推測できる通り、左翼系の展示会だった。
イデオロギーとは無関係の作品も多いが、ところどころで反原発集会や反安保法案、反安部内閣を露骨に描いた絵が配置されてゐる。日本共産党の街宣カーの前に女性が立ってる写真もある。

しかし、なかにはいい作品もある。すべての出品者が左派といふわけでもない。
書のコーナーには明治天皇の御製や古今集の歌の書などもあった。

原爆慰霊碑撤去・碑文改正運動【誠臣塾呼びかけ】

8月5日、瑞穂赤心同盟の原爆犠牲者慰霊追悼運動を終へると、誠臣塾呼びかけによる徒歩デモ。
原爆慰霊碑の撤去、碑文改正を求めるデモ行進で、こちらも近年は毎年おこなってゐる。

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広島県護国神社を出発して鯉城通りに沿ってデモ行進。平和大通りを右折し、平和公園前でもう一度右折し元安川の横の道を通りながら本通りへと向かふ。そして本通りを通過して八丁堀付近でデモ隊は解散。

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デモ後は八丁堀へと移動して、演説会が開催された。
そして、この演説会のときに、原爆慰霊碑を正す会の「原爆慰霊碑を正す」第2号を配布した。

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原爆犠牲者慰霊追悼運動【瑞穂赤心同盟】

8月5日、瑞穂赤心同盟主催の原爆犠牲者慰霊追悼運動が行はれた。
この運動は毎年8月5日に行はれてゐる。

朝、広島県護国神社に瑞穂赤心同盟の加盟団体とその友好団体が集合。
まづは、広場で国民儀礼を行ふ。

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そして、平和公園周辺を中心に、広島市内を街宣車による流し街宣。
平和公園で、街宣車の運転手とスポットの読み手を残して下車。

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平和公園で原爆犠牲者の慰霊追悼を行ふ。
その後、広島市内を流し街宣してゐた街宣車が平和公園に戻ってくると、再び街宣車に乗り込み、流し街宣を行ふ。

そして、最期は高速道路入口のところで流れ解散となる。
瑞穂赤心同盟加盟団体は、高速道路入口で友好団体を見送った。

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そして瑞穂赤心同盟加盟団体は、一度護国神社に戻り、護国神社で解散。

原爆慰霊碑撤去・碑文改正運動【広島八丁堀で演説会】

8月4日、広島・八丁堀で原爆慰霊碑撤去・碑文改正を訴へる街頭演説会を行った。
地元広島の民族派団体の誠臣塾が開催し、広島の播政会、大日本明心塾などが参加。東京からも、民族革新会議(大日本神風同志会)、青年思想研究会(猶存社と政光学舎、日本革新党)などが参加して、平和公園の「過ちは/繰返しませぬから」といふ碑の撤去、碑文改正を訴へた。

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安芸の宮島

8月3日、青年思想研究会所属の政光学舎の街宣車で東京から広島へと向かふ。

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護国神社で誠臣塾と合流する予定だが、少し早く広島に入ったので宮島を観光することになった。

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宮島競艇場。広島の競艇は、原爆慰霊碑を正す会の創設者であり代表世話人となった岩田幸雄先生がはじめた。
岩田先生は戦前・戦中は海軍航空本部嘱託であり、児玉誉士夫の児玉機関創設にも関はってゐる。また、杉山陸軍大臣の下で行はれてゐた新兵器(原爆のこと)開発にも、各国の原爆開発のフィルム映像を集めたり、ウランの調達などで深く関与してゐた人物である。なほ、日本の核兵器開発は、昭和天皇の強いお叱りを二度受けて中止となってゐる。
広島・三滝山の多宝塔は、岩田先生が原爆犠牲者を追悼するために昭和26年に建立した塔である。
林房雄の小説『武器なき海賊』のモデルこそが岩田先生であり、小林秀雄や白洲正子との交流もあった。
岩田先生の人間性は白洲正子の『心に残る人々』で紹介されてゐる。

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そして、フェリーで宮島へと渡り、宮島を観光した。

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