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正統表記實踐者懇談會

1月16日、新宿の御苑倶樂部で開催された正統表記實踐者懇談會に出席した。

伝統や文化を守らうといふ民族派や保守系でも歴史的仮名遣を使用ゐる機関紙誌は少ないといふ現状の報告があり、その後議論に入った。正統表記とはどこまでなのか。歴史的仮名遣だけでなく正漢字にも拘りを持つべきか。かういった議論も飛び交った。議論は漢詩や文語文にまで広がった。

ある方から、もちろん歴史的仮名遣、正漢字が一番だが、どうしても譲れない一点は歴史的仮名遣ではないかとの意見が出た。
僕はこの意見に賛成である。歴史的仮名遣と正漢字を比べると格段に歴史的仮名遣が重要であると思ふ。それは歴史的仮名遣は国文法であるからだ。漢字は国文法に影響しないといふ点で、譲歩の余地がある。もちろん、歴史的仮名遣、正漢字が一番望ましい。

この会合の翌日、テレビで「さんまの踊る御殿」を見てゐたら、子役が「『こんばんわ』と書いてゐる」と言ひ、理由は「かはいいから」と答へてゐた。それに対して柴田理恵が「かはいくても駄目なものは駄目だ」と言ってゐた。あとの発言はともかくとして、この点だけは良かったと思ってゐる。

ただ、現在の学校教育で現代仮名遣ひを教へてゐるので「駄目なものは駄目」としか言へないのである。歴史的仮名遣を学べば、「こんばんわ」ではなくて「こんばんは」であること、「私わ」ではなく「私は」であることに違和感がないはずである。
「あ行」と「わ行」にまたがる活用形を「例外」として覚える必要もなく本当は「は行」の活用形で例外ではないことも分かる。

歴史的仮名遣は難しいと思はれてゐるのかもしれない。書けるかどうかはともかく、読むことができないといふ日本人はほとんどゐないのではないだらうか。少なくとも、ここまでこの文章を読んだ人は、歴史的仮名遣が読める人である。
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