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祈年祭

 17日は祈年祭であったので、延喜式第八巻に収められてゐる「祈年祭」の祝詞を奏上した。

 僕が知る限りではあるが、神社などでは祈年祭を「きねんさい」と言ふところが多いやうである。「としごひのまつり」とも言ひ、今年の五穀豊穣を祈る。鈴木重胤は祈年祭の起源を高千穂宮としてゐるが、延喜式祝詞では奈良の地名が出てくる。重胤は天武天皇の御代に改革されたと考へてゐたやうである。その後室町の戦乱期に途絶えてしまったのだが、明治2年に再興された。

 年とは稲の周期のことであり、年齢もこの稲作生活を何度経験したかといった数へ方が基本となる。だから日本では満年齢ではなくて数へ歳で年齢を表してきた。満年齢が定着したのは西洋化が始まった明治以降のことである。奈良朝のころにも天長節を祝ったことの記述もあるが、定着しなかった。それは日本人にとって稲作と「年」と「歳」が一体のものであるといふ感覚が強かったからであらう。

 今年も自ら育てた稲穂を新嘗祭で供へ奉るやうにしたいと思ってゐるが、引っ越先の住居は日当たりが心配な場所である。
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