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こころ

ある勉強会に向かふ途中、小石川の辺りで一緒に向かってゐた日本大学の助教が、「この辺りは『こころ』の舞台です」と言った。確か先生とKが下宿して、御嬢さんとの物語を展開するのが小石川だった。

僕が夏目漱石の『こころ』に触れた最初は、高校3年生の現代国語の時間だったと思ふ。と、ここまで書いてこの記憶に自信がなくなってきた。それは『こころ』の授業を受けたと記憶してゐる先生は高3の現国の先生の顔だが、授業を受けた風景は教室の一番前か前から二番目の右側の席といふ記憶だからだ。現国の僕の席は一番左の後ろの席だった。10年以上も前なので記憶が曖昧なのは仕方がないとして、ともかく学生のころに授業で読んだのである。
しかし、この授業で全文を読んだわけではない。教科書に載ってある抜粋部分だけである。その部分は、たしか先生とKが御嬢さんを巡る物語で、Kが自殺するところまでだった。

だから授業のなかでは、明治天皇の崩御も乃木大将の殉死にも触れられることはなかった。ただただ、御嬢さんを巡る先生の裏切り的行為によりKが自殺したといふ話だと思った。だからこのときは、『こころ』と「近代」との関係など全く気付かず、また授業でも当然それに触れることはなかった。しかしそれでも学校の授業で取り上げる内容としてはショッキングだったことは深く記憶に残ってゐる。

突然、授業で習った『こころ』を読みたくなり、文庫本を買ひに行って読んだのは24歳だっただらうか。そこで学校の授業には出てこなかった明治天皇の崩御と乃木大将の殉死が書かれてゐることを知り、やっと先生の自決に「明治の精神」といふテーマを持ってゐることがわかったのである。

勉強会に向かふ途中の助教の言葉でまた久しぶりに『こころ』を読んでみようと思った。
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