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第29回紀元節奉祝式典

 2月11日、皇紀二千六百七十三年 紀元節奉祝式典を星陵会館で開催した。
 午後3時半に会場、開式の4時にはほぼ満席になった。
 開会に先立ち皇居遥拝、橿原神宮遥拝、国歌斉唱を行ふ。そして第一部の紀元節祭。紀元節祭では神武天皇即位建都の大詔奉読、そして浦安の舞を奉納、紀元節の歌奉唱。

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 滞りなく紀元節祭を執り行った後、実行委員会代表挨拶があり、参列された西村眞悟・衆議院議員からのお祝ひの言葉が述べられた。
 その後、司会から祝電が披露された。披露された祝電は、衛藤晟一(内閣総理大臣補佐官・参議院議員)、山谷えり子(参議院議員)の二議員。

 その後、休憩をはさんで第二部記念講演へと移る。
 記念講演はヴルピッタ・ロマノ京都産業大学名誉教授。演題は「日本とローマ―二つの紀元節」。

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 講演後は決議採択を行ひ、最後は聖寿万歳で紀元節奉祝式典は滞りなく幕を閉じた。

第29回新嘗を祝ふ集ひ

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けふは、一般的には「勤労感謝の日」といふ祝日となってゐるが、本来は新嘗祭(にひなめさい)といふ祭日である。天皇陛下におかせられましては、神嘉殿で新嘗祭を斎行あそばされる。

今年も民間有志が集ひ「第二十九回新嘗を祝ふ集ひ」を開催した。
第一部は講演。今年は國學院大学の菅浩二准教授をお招きして「家・郷土・国体ー『難波田春夫の『斎庭之稲穂』神勅論」。
第二部は祭典。新嘗祭を斎行。この集ひでは実行委員で祭壇を組み、ひもろぎを立ててお祭りを斎行してゐる。このやうなお祭りは珍しいのではないかと思ふ。今年も僕が育てた稲も祭壇に奉った。
そして第三部は直会(なほらひ)。神様にお供へした御神酒や食物を皆でいただく。

講師によると、近代以降に民間でも新嘗祭を斎行するやうになったのは昭和十年からださうだ。しかもそれは戦後の社会党左派の人々だったらしい。僕はこのことを全く知らなかった。
かつては左翼陣営でさへ新嘗祭の意義を承知してゐたのだらう。翻って現在はどうか。保守と言はれる陣営でさへ怪しい。最近のネットから運動に入った人達は新嘗祭すら知らない人が多いやうだ。実際、お祭りといふ言葉すら通じなかったことがあった。屋台と盆踊りのイメージしかないやうだが、それは余興に過ぎない。お祭りの本体は祭祀であり、最も重要な祭祀が新嘗祭である。
本来の日本人の暮らしは、祈年祭(としごひのまつり)と新嘗祭を貫く生活である。

祈年祭

 17日は祈年祭であったので、延喜式第八巻に収められてゐる「祈年祭」の祝詞を奏上した。

 僕が知る限りではあるが、神社などでは祈年祭を「きねんさい」と言ふところが多いやうである。「としごひのまつり」とも言ひ、今年の五穀豊穣を祈る。鈴木重胤は祈年祭の起源を高千穂宮としてゐるが、延喜式祝詞では奈良の地名が出てくる。重胤は天武天皇の御代に改革されたと考へてゐたやうである。その後室町の戦乱期に途絶えてしまったのだが、明治2年に再興された。

 年とは稲の周期のことであり、年齢もこの稲作生活を何度経験したかといった数へ方が基本となる。だから日本では満年齢ではなくて数へ歳で年齢を表してきた。満年齢が定着したのは西洋化が始まった明治以降のことである。奈良朝のころにも天長節を祝ったことの記述もあるが、定着しなかった。それは日本人にとって稲作と「年」と「歳」が一体のものであるといふ感覚が強かったからであらう。

 今年も自ら育てた稲穂を新嘗祭で供へ奉るやうにしたいと思ってゐるが、引っ越先の住居は日当たりが心配な場所である。

第28回紀元節奉祝式典

 2月11日、皇紀二千六百七十二年 紀元節奉祝式典を日本青年館で開催した。
 午後3時半に会場、開式の4時にはほぼ満席になり立見の方もかなりをられた。開会に先立ち皇居遥拝、橿原神宮遥拝、国歌斉唱を行ふ。そして第一部の紀元節祭。

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 紀元節祭では神武天皇即位建都の大詔奉読、そして浦安の舞を奉納、紀元節の歌奉唱。

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 滞りなく紀元節祭を執り行った後、実行委員会代表挨拶があり、司会から祝電が披露された。披露された祝電は、西村眞悟・前衆議院議員、松中久・橿原神宮宮司代務者。

 その後、休憩をはさんで第二部記念講演へと移る。
 記念講演は小田村四郎・元拓殖大学総長、前日本の建国を祝う会会長。演題は「紀元節に想ふ」。

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 講演後は決議採択を行ひ、最後は聖寿万歳で紀元節奉祝式典は滞りなく幕を閉じた。

新嘗祭

 11月23日、靖国神社境内で開催されてゐる新嘗祭もちつきに顔を出す。
 その後文京シビックセンターに向かひ、第28回新嘗を祝ふ集ひの準備に取り掛かる。
 午後4時半から第一部講演。講師は展転社会長であり明治の日推進協議会の相澤宏明事務局長。演題は「戦後祝日法の見直し」。戦後に制定されてしまった祝日法を正す必要があることを述べた。

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講演の後、休憩をはさんで祭典を斎行。滞りなく御祭りを仕へ奉った。その後直会を行ひ、午後8時ころに終了した。
 
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