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電力使用制限解除

9日、電力使用制限令が解除された。

翌日、新宿駅の地下通路を歩いてゐると、震災以降止めてゐたエスカレーターが動いていた。しかし、照明の一部は消えたままであった。とりあへずは今年の夏のエネルギー問題は乗り越えることができたといふことだらう。この制限令で大企業、特に自動車業界は影響があっただらうが、僕は都心に住んでゐるのだが特に不自由を感じることはなかった。それは今までエネルギーを無駄に遣ひ過ぎてゐたといふことだらう。やはり近代文明を問ひ直す機会だと思ふ。

僕は原発に反対といふわけではないが、できれば無くても生活していけるのが望ましいとは思ってゐる。原発依存から脱するだけでなく、電力依存からも脱するのがもっと望ましい。なほ、富岡幸一郎責任編集の雑誌『表現者』は「脱電力」を掲げてゐる。
原発推進派に「電力がなくなれば原始時代に戻るけどそれでも良いのか」と言ふ人もゐるのだが、僕自身は原始的な生活に戻ることを目標にしてゐるので「さうなれば良いですね」と答へてゐる。しかし、電力がなくなっても原始時代に戻るといふことはない。明治以前に戻るといふことだと思ふから、原始時代に戻るは大袈裟すぎやしないだらうか。
僕は天照大身神様の御代は無理でも神武天皇の御代に還ることが望ましい。それは神武肇国の精神だけではなく、神武肇国の生活に戻ることである。その生活とは祈年祭と新嘗祭を貫く生活である。

エネルギー問題

東日本大震災と福島原発事故以降、エネルギー問題が大きな課題となってゐる。

エネルギーを考へるなら、その原点は我々が生きていくための食物である。日本人の食生活は米を中心とすることは神話で決定された事実であり、栄養学的にもそれが正しい。ただし、栄養は白米でなくて玄米の話しである。

麦では不足する栄養を補ふために肉などが不可欠となる。これではエネルギー効率としてはすごく悪い。家畜を育てるには広大な敷地を必要とし、そのために西洋では領土拡張のための戦争が繰り広げられてきた。これが西洋の「近代」の原理である。

僕は基本的には西洋近代文明を受容しない立場、すなはち熊本敬神党(神風連)的発想から脱原発依存である。脱原発により「近代」から脱却するのが個人的には望ましいと思ってゐる。天照大御神様の御代までといふのが究極だが、それが叶はずとも神武天皇の御代に回帰することを願ふのである。それは西洋的近代生活を捨てて、神武天皇の御代の米づくり共同体社稷に戻らうといふことだ。

大震災以降、世界は急激にスマート・シティとやらを目指し、次世代エネルギーを求めて舵をきりつつある。「近代」を受容するとしても、やはりこれからは脱原発依存にむかはざるをえないであらう。次世代エネルギーに乗り遅れるといふことは、エネルギー競争に負けることになる可能性があるからだ。

しかし、ここでもう1度エネルギーの原点を押さえておく必要がある。原点は食物であり、わが国では稲穂である。そして、ものづくりの原点は米づくりである。孫正義氏は休耕田などを使っての太陽光発電を提案した。太陽光発電はよいが、休耕田を使ふべきではない。休耕田はただちにわが国のエネルギーの原点である米をつくるべきである。また、孫氏の「ヤフーADSL」のせいで、日本の通信はISDNから一気に光へと移行する計画だったのが、光に移行する前にADSLが流行してしまひ、通信技術をわざわざ遠回りすることになった原因をつくった過去があることも忘れてはならないだらう。

万世のために太平を開く

今年は未曾有の3・11東日本大震災、そしてその後の福島原発の事故により「近代文明」と「近代生活」のもろさが明らかに認識された年となった。

昭和20年8月15日に賜った詔書には「堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」とある。これは誰もが一度は聞いたことがある箇所であらう。

昭和20年、我々は確かに敗戦を迎へた。それは大量殺戮兵器を以って戦ふ「近代戦」において敗れたのである。しかし、まだ文明戦には敗れてゐない。終戦の詔書は、万世の為に太平を開くのは日本文明であることを確信してゐる。これ以上交戦を続けると、日本民族が滅亡し、太平を導く人類のための日本文明が破却してしまふ。これを避けるためにポツダム宣言に応じたのである。
我々は「近代戦」には敗れたけれども、文明戦には敗れてゐない。詔書に従ひ、これから世界に太平を開くための日本文明を恢弘していかなければならない。

昭和20年8月15日は、近代戦を終へて、文明の恢弘を望む詔書を賜ったことを記念する「終戦記念日」である。明治以降の「近代化、文明開化」路線の終焉を迎へて、神武肇国の文明を世界に広げる天業恢弘、八紘為宇の詔を再び賜った日である。

当ブログの題は「大和国原」とした。国原とは広く平らな土地である。しかし、当ブログでは単に土地の意味だけで使用してゐない。広く平らな世の中、つまり太平の世、絶対平和の世といふ意味をも国原といふ言葉に含ませてある。

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